おかゆの雑記帳

理系の研究室で細々と暮らしている孤独な大学生の日々です。

つまり、ご近所トラブルが嫌い。

今まで生きてきて、まったく自分には関係ないものだと思ってたが、遂にあるものが舞い込んできた。



苦情の手紙である。


今回の手紙の内容を以下に示す。
↓↓↓

◯◯◯(マンション名)居住者様 各位

日頃より住みよい環境の維持にご協力いただき、ありがとうございます。
さて、この度お住まいの皆さまにお願いがございます。

入居者の方から、「室内から大きな話し声が漏れてきて気になる」との相談がありました。
このような音に関しては、自分では気にならなくても、周りの人に大変、迷惑をかけている場合があります。

今後皆様に快適な生活をしていただくためにも、ご理解・ご協力の程よろしくお願いします。


↑↑↑
以上




私はかれこれ2年は人を家には招いておらず、バラエティーやプロレスを観て一人でクスクス笑う日々を過ごしている。


たまに友人とSkypeをしたり、電話をしたりすることはあるが、大きな声を出した覚えもない。


そのため、全く騒音に関する心当たりがなかった。



幸いなことに住んでいるマンションには知り合いが何人か居る。知り合いに例の手紙が届いたかどうかを尋ねてみたところ、生憎私の部屋だけであった。



さらに真相を探るべく大家さんに連絡したところ、このような手紙を出してはいないし、出すはずがないとのことであった。



大家のフリをして苦情を出す。非常に厄介なものだ。



犯人探しをするわけではないが、大体手紙の差出人は見当がついている。



危害が加えられる恐れも多分ないだろう。



まあ、こんなこともあるのだなと斜に構えておくのがよいだろう。




本当は少し怖かったりもする。

スベキとシナケレバ

私の口癖は「◯◯すべき」、「◯◯しなければ」である。

しかし、これは他人に何かを強要するための言葉ではない。

自分の頭の中で四六時中唱えている、自分を追い込む、良く言えば自分自身を奮い立たせる言葉である。

何か次にやるべきことをあらかじめ決めて、それを完了するまではソワソワして気が気じゃないのである。

この自分の性質は厄介だなといつも思う。

しかし、この性格はなかなか緩和しようとしてもできない。

この性格を悩み出すと、またさらに別にやらなければいけないことについても悩んでしまい、悩みのループから抜け出せなくなる。


私は自分が思っている以上に、他人から見れば真面目であるらしい。真面目というより生真面目だとか何とか?

そして、真面目も良いけどもっと自分らしさとか、遊びがないから個性をあまり感じないとか、とやかく言われる。ナンジャラホイ…。


真面目であることは良いと教育を受けて今まで育ってきたが、あまりにも真面目すぎると心の余裕・ゆとりがない、遊びがない、もっと個性を出せ…等と言われる。


真面目は悪いことなのか?
真面目というのも個性ではなのか?


私はこの問題をもう少し考えなければならない。

そして、改めて自分自身としっかり向き合い、分析をすることで、自分の性質を受け入れ、自己肯定をすべきであると思う。

一人たこ焼きの話

昨日は一人でたこ焼きを焼いて食べた。

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この異様なソロ活動も今年で3回目となる。
B2から毎年1回は行う恒例行事となっている。

しかし、自発的に始めたソロ活動ではない。


誰かとたこ焼きでも焼いてお食べと、たこ焼きセット一式を親が送ってきたことがきっかけである。

けれども残念ながら交際相手も居ない、友達も居ない私は結局一人で作って食べせざるをえない。

きっとそのことを理解しているであろう親もなぜか毎年たこ焼きセットを送ってくれる。

ああ、悲しい。
いつまでソロ活動を続けなければならないのか。


何か少しでも変わっていきたいと思う今日この頃なのである。

他人と関わるのは難しい

月曜日は相変わらず憂鬱だ。

先週末は気晴らしのために実家に帰った。
あまりゆっくりすることはできなかったが、少しリフレッシュできたように思う。

しかし、月曜日はやはり憂鬱だ。


今日はB3の輪講があり、色々と環境設定だの勉強会だのをした。

けれど、残念ながら今年研究室に配属されたB3はあまり優秀とは言えない人ばかりなのである。

PCもロクに触ったことがなく、なかなか必要な作業も進まない。

根気強く教えて頑張るのがいいのだろうけど、私の中にイライラは募っていた。

しかし、ここは心を静めて無事作業を終えた。
本当に良かった。


作業が終われば解散で、B3は帰っていった。
だがしかし、帰るときに全く「お疲れ様です」や「お先に失礼します」など挨拶をしないのだ。

私は何だかおかしいと思う。
やはり学生ばかりの研究室と言えども、マナーや礼儀はあるであろう。

挨拶をしないなんて、驚きでしかない。

まあ、これが配属されてからずっとである。

やはり気になることがあれば、直接本人にその場で
言うのが優しさなのかもしれないが、さすがに20歳を超えた大人に挨拶をしろと言うのも何だが気が引ける。

気付いてくれれば有り難いがなかなか厳しい。

また、私は自分が望むことを無理やり他人に強要するのは違うのではないかと考える。

どうするのが正解なのか、私がせっかちすぎるのか。生きづらい世の中すぎて分からない。

利己主義なのかもしれないが

急に昨日から寒くなってきた。
毎日の起床がとても辛い。

何とか体調は崩さず持ち堪えているが、気分があまりすぐれない…。

まあ毎日効率の悪いデスクワーク(?)をしていれば、気分もすぐれないはずだ。


今日は久々に同期と語り合った。
主に卒論についてなのだが。

同期は卒論に取りかかるにも、文章の構成と枠組みがなかなか自分の納得のいくものにならないらしい。

私はとりあえずボスに確認をお願いするのが間違いないため、ボスの部屋を訪ねることをすすめた。

しかし、困ったことに同期はなかなか自分の中で納得がいくまでは聞きに行くのも嫌な気持ちがすると言い、ボスの部屋に行くことを拒んだ。(それはただの都合の良い理由で実際は多分面倒なだけだと私は推測するが。)


私の研究室のボスは結構な放任主義のため、何か用事があるかゼミやミーティングの時にしか研究室には顔を出してくれない。

けれども、ボスの部屋を訪ねると丁寧に指導やアドバイスをしてくださる。


きっとボスは学生主体で自分から積極的に動き、研究室に勤しむというのが一番だと考えているのだと思う。


まあ、私は思ったことをすぐに口に出してしまう、さらに自分が一番正しいと思い込んでいるようなとてもやっかい質(たち)のため、同期に上に述べたような勝手な解釈を話した。

彼はそれなりに同意をし、「なるほど自分が頑張るしかないな~!!」と言った。

少しは同期の気持ちも変わっただろうと思ったが、彼も困った頑固者で、生半可な返事をして結局ボスのところへは行かなかった。

しかし、少しは説得の甲斐があったのか12月までに下書きを仕上げ、ボスにお正月休みに添削をしていただこうということになった。

なぜこのことを決めたのかというと、前回のミーティングでボスが
「何年か前までは12月までに下書きを仕上げて持ってこいと言っていたが、なかなかみんなが厳しそうで無理だと思いやめたんだよな。」
と仰っていたからだ。


細かいことから少しだけでも状況を良くしていくことは大切だと思う。

利己主義なだけかもしれないが、私がそのきっかけづくりをしていければと考える。


とりあえず、研究しよう。

芸術で思い出すこと

今週のお題「芸術の秋」

最近では芸術らしい芸術に触れる機会も少なくなったように思う。

うーん、芸術らしい芸術というのがまず意味不明なのだが。例えば、絵画とか音楽とか?


芸術で関連するのかは分からないが、画塾のお話を。

少し昔の話になるが
私は高校時代、“画塾”いわゆるデッサン等の実技試験受験専門の教室に通っていた。

確か秋頃に通い始めたため、今頃の時期になるとこの出来事をよく思い出す。

今はどっぷり理系の世界に浸かっているのだが、少しプロダクトデザインというものに興味を持った時期があったのだ。

プロダクトデザインにも数学や物理が駆使されているわけで絶対に切っても切れないものがあると自分の中で確信を持っており、画塾に通うことを決めた。

しかし、まあ長続きせず半年余りで辞めてしまった。辞めた時はもう物理の勉強に首ったけで自分は何を無駄なことをやっているのだと、すぐさま辞める決心をしたのであった。


けれども、辞めた後の数日間は自分は本当に優柔不断で無駄なことばかりするダメ人間だと毎日落ち込んでばかりいた。

また、画塾の先生からは「青天の霹靂だ」と言われたのもあり、不甲斐ない情けない気持ちにもなった。

それから受験が本格的に始まったあとも、少しだけ心の片隅に画塾に通ったのは無駄なことだったなという思いがあった。

しかし、今考えてみるとあの時の経験は無駄なことではなかったのかなと強い確信はないが、思っている。


少し人より余計なことをしても遠回りしても別に自分がいいと思えばいいのだろう。

それもまた自分の芸術なのかもしれない。
というたいへんクサイオチで終わり。

チャンチャン♪

自分の手料理

私は最近よく思う。

自分の手料理ではお腹いっぱいにならないと。


外食がしたい!!!


しかし、お金がない。

最近は大学のお手伝いをして得た少しのお金だけで過ごしているが、やはり節約のため外食は控えざるをえない。


別に自分の手料理が特段まずいというわけでも、レパートリーが極端に少ないというわけでもない。
むしろ私は料理上手でうまいものを作れるという根拠のない自信すら持っている。

しかし、どうも満足感を得られない。


もしかしたら、誰かにご飯を作ってもらって食べるという行為をしたいだけなのかもしれない。

いや、誰かと食卓を囲みながらお喋りを楽しむことで自分の心の隙間を埋め、満足した気持ちになりたいだけなのかもしれない。


毎日自分の作った料理を一人で消費するだけ日々。

残念ながら、私には特別仲良くしている友達もいない。それゆえに、誰かと食卓を囲むということもめったにない。

今はただただやるせない。
正直周りの楽しそうな人が羨ましい。


いつからこんなに孤独な人生になってしまったのだろうか、、、

また今日も家に帰って、自分で自分の作った料理を食べる。